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サイト名(テキストリンクでお願いします):
フィレンツェ情報サイト「ラ・カーサ・ミーア」
以下は紹介文の1例です。スペースにあわせて変更していただいて結構です。
「イタリア、フィレンツェで短期滞在型アパート情報や滞在情報を発信しています。」
このコンテンツでは、ブログ「フィレンツェ田舎生活便り2」で、chihoが、訪れたフィレンツェの教会や美術館について日記風に感想を綴った記事をまとめたものです。
絵画作品や教会内の写真の一部はWEB上にある利用フリーの画像素材を使っています。
サンタ・クローチェ教会では、聖堂の他に、パッツィ家礼拝堂、サンタクローチェ美術館を見学することが出来ます。
写真は、フィレンツェのドゥオーモのクーポラ(円蓋)を建てた建築家フィリッポ・ブルネッレスキ作のパッツィ家礼拝堂です。
1429年頃に建造が開始されたこの礼拝堂は、ブルネッレスキの死後、1470年頃に完成しました。
正面から見ると宇宙船みたいに見えませんか?


入り口のアーチ部分と、内部との違和感があるのは、内部が純粋にブルネッレスキによって設計されたものであるのに対して、入り口部分は他の建築家の手が入っている可能性があるからであるようです。


上の写真は建物内部。白の漆喰とピエトラ・セレーナと呼ばれるグレーの石の組み合わせが何とも素敵です。
学生時代、私は、ブルネッレスキのこの洗練された色使いと最小限に抑えたフィレンツェのドゥオーモの装飾に何だか冷たい印象を受け、逆に素朴でアルカイックな装飾が多く見られるシエナのドゥオーモに愛着を感じたのですが、今回、この礼拝堂を訪れ、柔らかい光の中でじっくりと礼拝堂と向き合ってみると、このグレーの石からもじんわりと温かみを感じてきます。
建物の壁には、腰掛けられるように長いベンチがあります。これは、この礼拝堂が聖職者の様々な決議を行うcapitolare(カピトラーレ)と呼ばれる会議の場でもあったからだそうです。


写真左:天井からも採光ができるようになっています。なんとなくローマのパンテオンを思い出します。
写真右:これがピエトラセレーナと呼ばれる石です。フィレンツェの北側で採掘される石で、普通の住居にも窓の周りや、階段部分に今でも利用されています。エトルリア時代、ローマ時代にも建材として利用されていたそうですが、白の漆喰とピエトラセレーナの装飾としての組み合わせはブルネッレスキの建築様式の特徴です。

パッツィ礼拝堂の隣には、修道士達が生活をしていた建物、食堂などがあります。現在は美術館になっています。1800年代、ナポレオンによりフィレンツェの大幅な都市計画が行われた際、フィレンツェの多くの教会や古い建物が壊されました。そのときに出た貴重な建物の装飾や絵画類をサンタクローチェ教会の食堂に運び込み、保存していたそうです。そのため、展示されている作品も、教会ゆかりのものだけではなく、街の他の教会から発見された作品も数多くあります。
左は、チマブーエ作磔刑図。
この作品は、もともとサンタクローチェ教会内にかかげられていたそうです。
1966年11月4日、続いていた大雨のためにアルノ河が氾濫し、大きな被害をもたらしました。このチマブーエの磔刑図も洪水の際に、有志によって担ぎ出されたものの、湿気のために残念ながら大部分が剥落してしまいました。66年の洪水の被害の象徴のような作品です。
ヴェッキオ宮殿の左脇の坂道を降り、シニョリーア広場の裏側に出て、Borgo de' Greci通りをまっすぐ進むとサンタクローチェ広場に出ます。
教会と美術館入り口は正面に向かって左脇です。
(夏季)月曜〜土曜 9:30-17:30
(冬季)月曜〜土曜
8:00-12:30 15:00-17:30
日曜 13:00-17:30