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サイト名(テキストリンクでお願いします):
フィレンツェ情報サイト「ラ・カーサ・ミーア」
以下は紹介文の1例です。スペースにあわせて変更していただいて結構です。
「イタリア、フィレンツェで短期滞在型アパート情報や滞在情報を発信しています。」
このコンテンツでは、ブログ「フィレンツェ田舎生活便り2」で、chihoが、訪れたフィレンツェの教会や美術館について日記風に感想を綴った記事をまとめたものです。
絵画作品や教会内の写真の一部はWEB上にある利用フリーの画像素材を使っています。

フィレンツェのサンマルコ修道院を代表する歴史的人物としては、画僧ベアート・アンジェリコと修道院長ジローラモ・サヴォナローラの二人が挙げられるでしょう。優しい柔らかい色彩で絵画表現をし続けた前者とは対照的に、後者は、ローマ教皇からも破門され、最後はシニョリーア広場で火刑に処されるという劇的な生涯を送ります。
サンマルコ修道院に1482年から1498年まで席を置いたサヴォナローラ。サンマルコ国立美術館の2階部分の左奥の房は、修道院長であった彼の房として、使っていた椅子や書斎などの遺品が展示されています。展示されているマントは背中が大きく膨らんでいて不思議な形。彼の聖書には沢山の書き込みが残っていました。
シニョリーア広場の火刑があった場所には、現在も地面にそれを記した記念碑が埋め込まれています。シニョリーア広場においでになったら、チェックしてみて下さい。サヴォナローラはルネサンス時代のきらびやかなフィレンツェの贅沢さを批判し、美術品を焼くなどかなり激しい運動を行います。フィレンツェ人にとっては、文化破壊の象徴のような存在として見られていたようですが、もっと彼の性格や生涯を知ってみたいなあと、このフラ・バルトロメオ作の横顔の肖像を見ながら思いました
今は閉まっていますが、この美術館には二階部分に図書館があり、美しいミニアチュールの書物が沢山展示されています。昨日は閉まっていて鑑賞することが出来ず残念っ!
最後、出口に向かう手前、ポストカードが売られている元小食堂だった場所には、Domenico Ghirlandaio(ドメニコ・ギルランダイオ)の大作「最後の晩餐」が描かれています。この作品はイコノグラフィーの謎が色々とちりばめられていて、見始めるとキリがない作品です。
それぞれの解釈は、専門書に任せるとして・・・
お昼時間が近くなりちょっとお腹が空いてきた所。 美術館の裏側が出口なので、ぐるっと正面に戻り、サンマルコ広場にある、美味しいパン屋さんPugiに駆け込みました。広場をはさんで丁度、美術館の真向かい、バス停の前の白い入り口が目印です。 お昼時間は、学生やお勤めの人で結構混んでいます。
まず、入り口にある番号札を取ります。
電光掲示板に自分の番号が出たら、番号を見せ、お姉さんに切ってもらいたいピザやスキアッチャータを指差します。
ピザは、いろんな種類がありどれも美味しいですよ。
私が好きなのは、マルゲリータやポルチーニ茸のせなどです。
この位?とナイフを当ててみてくれるので、"piu' piccolo" (ピュ・ピッコロ=もっと小さく)とか、"piu'grande(ピュ・グランデ=もっと大きく)とお願いし、自分の好きな大きさに切ってもらいます。 "Altro ?"(アルトロ?=他には?)と聞かれるので、"Basta"(バスタ=コレで十分)と答えます。
持ち帰りをしたい時は、"Porto via"(ポルト・ヴィーア)、ここで食べたい時は(奥にイートイン出来るスペースがあります)、"Mangio
qui"(マンジョ・クイ)と伝えます。 お会計は基本的には先にお姉さんから貰ったレシートを持って入り口近くのレジで払いますが(飲み物は自分で出してレシートと一緒にお姉さんに見せます)、混んでいて身動きが取れないときは、奥で食べてから、出るときにお会計をしてもokです。
ドゥオーモを背にしてカブール通りを進んだ先、サンマルコ広場にあります。火曜〜金曜 8:15-13:50
土曜 8:15-18:50
日曜 8:15-19:00
月曜休