このサイトの情報が皆さんのイタリア旅行のお役に立ちましたら、旅行記ブログやお持ちのサイトに 「フィレンツェ情報ラ・カーサ・ミーア」としてこのトップページのリンクを貼っていただければ嬉しいです
サイト名(テキストリンクでお願いします):
フィレンツェ情報サイト「ラ・カーサ・ミーア」
以下は紹介文の1例です。スペースにあわせて変更していただいて結構です。
「イタリア、フィレンツェで短期滞在型アパート情報や滞在情報を発信しています。」
このコンテンツでは、ブログ「フィレンツェ田舎生活便り2」で、chihoが、訪れたフィレンツェの教会や美術館について日記風に感想を綴った記事をまとめたものです。
絵画作品や教会内の写真の一部はWEB上にある利用フリーの画像素材を使っています。
Lテオフィルスの息子の蘇生と教座のペテロ(マザッチョとフィリッピーノ・リッピ)
これもまた聖ペテロの奇蹟のエピソードの1つです。
マサッチョが描いた部分と、50年以上も後にフィリッピーノ・リッピが描いた部分が混在しています。
これには、1435年に委託主フェリーチェ・ブランカッチが反メディチの謀反の罪でフィレンツェから追放されるという事件が大きく関連しています。
恐らく、マサッチョのオリジナルの部分には、フェリーチェ・ブランカッチゆかりの当時の人物が沢山描きこまれていたことが考えられます。
所が、フェリーチェ・ブランカッチ追放後、それらの人物画が故意に削り取られてしまったのではという説があります。 50年後、フィリッピーノ・リッピはメディチ家ゆかりの人物を描き込みます。


画面左の一段高い場所に座っているのが、テオフィルスです。
小さな画像しか見つかりませんでしたが、一番右はしの4人の人物は、右はしから、ブルネッレスキ(頭巾を被っている人物)、アルベルティー、マサッチョ(こちらを向いている赤い服を着た人物)、マゾリーノだそうです。

M自らの影で病人を癒す聖ペテロ(マサッチョ)
これも聖ペテロの奇跡のエピソードの1つです。
赤い帽子を被っているヒゲの人物はマゾリーノであると言われています(ドナテッロであるという説も見つけました)。背景に描かれた建築空間は、まるでフィレンツェの街角で起こった出来事のような雰囲気をかもし出しています。
Oアナニアの死と施しをする聖ペテロ(マザッチョ)
このパネルは私が一番好きな場面です。
聖ペテロから施しを受けている女性が何とも素朴で力強く、魅力的だなあって感じます。抱かれている赤ちゃん(おしりが可愛い)の頭をかく仕草がとても自然でリアルです。
Pネロ帝の前の聖ペテロと魔術者シモン・聖ペテロの磔刑(フィリッピーノ・リッピ)
時間の推移の流れは、右から左です。右はネロ帝に審問を受ける聖ペテロ、その後、聖ペテロは逆さ十字架に掛けられます。

十字架に掛けられる聖ペテロの右側にいる3人の人物のうち、こちら側を見ているのがフィリッピーノ・リッピ(当時24歳)、右側の横向きの人物はボッティチェッリ(当時36歳)だと言われています。

ネロ帝の後方、一番右端のこちら側を見ている人物(左画像)も、フィリッピーノリッピの自画像です。
同じ画面に2度も自画像を描きこむとは、フィリッピーノ・リッピはかなりのナルシストかも(笑)。
I天使によって牢から解放される聖ペテロ(フィリッピーノ・リッピ) 長くなったので省略します。
ルネサンス絵画の開花を感じる見ごたえがある礼拝堂です。
火事に遭ったのに良く残ったなあと思います。こうして、現代の私たちが、500年以上前の絵画を美しい色彩で見ることができるって素晴らしいですね。
ブログで利用した写真は全てweb上にある利用フリーの画像素材です。礼拝堂内は、写真撮影が厳しく禁止されています。

ヴェッキオ橋よりアルノ河を下流に下った2本目のカッライア橋を対岸に渡ります。そのままVia dei Serragliを進み、3本目のVia Santa
Monacaを右折した先の左側です。
ブランカッチ礼拝堂は、教会に向かって右側の入り口から入ります。
予約制なので希望の日時を伝えて電話予約を入れましょう。
予約センター 055-2768224,または055-276558(2009年1月現在)
月曜〜土曜 10-17
日曜 13-17 火曜と祭日休